一人社長や法人化を検討中の個人事業主にとって、自分の給料である「役員報酬」をいくらにするかは重要な決断です。役員報酬には、従業員の給与とは異なる厳格なルールがあり、仕組みを正しく理解していないと思わぬ税負担を招くリスクがあります。
そこでこの記事では、役員報酬の基本ルール、最適解の見つけ方、さらには陥りがちな失敗例まで、実務に役立つ知識を解説します。

小島 美和(佐藤 みなと)
合同会社あすだち 代表
事務歴15年以上。2021年に独立、幅広い業種の一人社長や個人事業主のサポートをしています。「仕事のていねいさ」「相談しやすさ」に定評。
限られた時間の中で最大の成果を出す「効率化」を重視し、お客様が本来の業務に集中できるよう、心強いパートナーとして伴走します。
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役員報酬とは?

「役員報酬」は、一言で言えば、取締役や監査役といった「役員」に対して支払われる対価です。一人社長の場合、あなたが「会社のオーナー」として、自分自身に支払う報酬を指します。
税制上の扱いやルールにおいては、従業員の給与と役員報酬には「天と地ほどの差」があります。この違いを正しく理解していないと、後から追徴課税をしなければならなかったり、会社のキャッシュフローが悪化したりします。
その1:「利益の分配」か「経費」か
従業員に支払う給与は、労働の対価として「経費(損金)」として認められるのに対し、役員報酬は認められません。
法人の利益は、本来、国に法人税を納めた後に残ったものを株主に配当したり、会社に内部留保したりされます。もし、役員報酬をいつでも自由に変更でき、それをすべて経費にできるとしたら、経営者は決算直前に「利益が出そうだから、自分の報酬を増やして利益をゼロにしよう」という操作ができてしまいます。
国はこうした恣意的な利益操作(=税金逃れ)を防ぐため、役員報酬を経費にすることに対しては、非常に厳しい制限を設けています。
その2:原則「1年間は役員報酬額を変えられない」
従業員の給与は、昇給、降給、残業代の変動によって毎月の支給額が変わることがありますが、役員報酬は原則として1年間は同額で変更できません。万が一、増額しても増額分は経費にならないし、減額したら、それまでの支給額との差額が問題になる場合があります。
このように、役員報酬は「個人の生活費」であると同時に、会社の「利益をコントロールするための厳格な税務ルール」という側面を持っています。
その3:「会社」と「個人」の財布を分ける法的な線引き
個人事業主の場合、事業で稼いだお金は「事業主個人のお金」で、そこから生活費を出しても「事業主貸」という処理で済み、税金計算に直接の影響はないでしょう。
しかし、法人化した場合、「会社のお金」と「個人のお金」は、法律上、完全に別物になります。あなたが100%株主であっても、会社の講座から勝手に生活費を引き出せず、かならず「役員報酬」という手続きを経て、自分の口座に移動させなければなりません。
この移動のさせ方(金額設定)ひとつで、会社が払う税金と個人で払う税金・社会保険料の合計額が劇的に変わります。それこそが、一人社長が役員報酬の仕組みをマスターしなければならない最大の理由です。
法人と個人事業主の「税金の仕組み」の違い

個人事業主の所得は「売上-経費=利益(所得)」というシンプルな構造ですが、法人の場合は、会社が稼いだ利益から「自分への給料(役員報酬)」を差し引く二段構えの構造になります。
まずは、両者の仕組みの違いを一覧表で整理しましょう。
個人事業主と法人(一人社長)の違い
| 項目 | 個人事業主 | 法人(一人社長) |
| 主な税金 | 所得税、住民税、個人事業税 | 法人税、法人住民税、法人事業税 |
| 自分の報酬の扱い | すべて事業所得(利益) | 会社にとっては経費(損金) |
| 税率の構造 | 累進課税 所得が多いほど急激に増える | 比率税率 一定以上の利益でも税率が安定する |
| 節税の目玉 | 青色申告特別控除(最大65万円) | 給与所得控除 |
| 社会保険 | 国民健康保険、国民年金 ※全額自己負担 | 健康保険、厚生年金 ※会社と個人で折半 |
| 赤字の繰り越し | 3年間 | 10年間 |
違い1:法人最大の武器「給与所得控除」の二重取り
法人化して役員報酬を支払う最大のメリットは、「給与所得控除」という概算経費が認められることです。
個人事業主の場合、実際に使った領収書の金額しか経費にできません。しかし、法人から役員報酬を受け取ると、個人側で「会社員としての必要経費」という名目で控除(給与所得控除)が自動的に適用されます。
違い2:「累進課税」と「比例税率」の壁
個人事業主が納める所得税は、所得が高くなるほど税率が上がる累進課税です。所得が一定額を超えると、地方税と併せて約50%が税金で消えることとなります。
一方、法人税の税率は所得の大きさに対して、比較的フラットです。特に、中小法人の場合、年800万円以下の利益に対しては所得税よりも低い実効税率(約15%前後)が適用されます。そのため、個人で税金を支払うよりも会社に利益を残して法人税を払う方が、トータルで税負担を押さえられることが多いです。
違い3:社会保険料という「見えない税金」
仕組みの違いで忘れてはならないのが、社会保険です。個人事業主は、国民健康保険と国民年金に加入しますが、法人は社長ひとりであっても健康保険と厚生年金への加入が義務づけられています。
社会保険料は、役員報酬の額面に比例して高くなります。法人は「労使折半」といって、個人が払う金額と同額を会社も負担しなければなりません。
役員報酬を決めるときの制約とスケジュール

法人化すると、「自分のお金」と「会社のお金」に明確な境界線が引かれます。
特に、役員報酬には、税務署から利益操作を疑われないための厳格な時間的ルールが設けられています。このスケジュールを1日でも過ぎたり、ルールを破ったりすると、支払った報酬が経費(損金)として認められず、多額の法人税を課されるリスクがあります。
制約1:期首から3ヶ月以内に役員報酬額を決める
役員報酬の金額を決められるのは、事業年度が始まってから3ヶ月以内だけです。これは、経営者が利益を見てから自分の給料を変えることで、納税額を不当に操作されてしまうのを防ぐためです。
たとえば、3月決算の場合、6月末までに金額を確定させる必要があります。3ヶ月を過ぎてしまうと、その年度内は1円も金額を変更できないと理解しておきましょう。
制約2:役員報酬額は1年間1円も変えられない
役員報酬額が決まったら、事業年度の1年間は毎月同じ金額で支払わなければなりません。税務上では「定期同額給与」と呼ばれます。もし、途中で金額を増減させると、その変更分は経費(損金)として認められません。
資金繰りが苦しいからと勝手に減額したり、利益が出たから増額したりするのは現金です。「1年間(12ヶ月)連続で同じ金額を振り込むこと」が、法人の節税における大前提です。
役員報酬で損しないための「最適解」の見つけ方

役員報酬を決める際の最適解は、社長個人の所得税、住民税、社会保険料と、会社の法人税を合算した金額が、もっとも少なくなる金額に設定することです。法人か個人かどちらか一方の税金だけを安くしようとすると、もう一方が跳ね上がり、結果的に手元に残る金額が減ってしまいます。
役員報酬を高く設定すれば、会社の利益が減り、法人税は安くなります。しかし、受け取る個人の所得税は累進課税のため、報酬が増えるほど税率があがります。さらに、そこに社会保険料が加わると負担がいっそう重くなりかねません。
逆に、役員報酬を低くしすぎると、個人の税金は安くなりますが、会社に利益が残りすぎて法人税を多く支払うことになります。よって、「法人税を払うのと、個人の所得税・社会保険料を支払うのと、どちらがマシか」という、シーソーのようなバランス調整が必要でしょう。
判断基準には、3つのポイントがあります。
その1:社会保険料の「頭打ち」を意識する
社会保険料(健康保険・厚生年金)には上限があります。役員報酬を一定以上に設定すると、それ以上の報酬でも社会保険料の負担率は下がる傾向にあります。この「上限」を逆手に取った設定をすると、高収益企業の節税戦略にもつながるでしょう。
その2:法人税の「年800万円」の境界線
中小法人の場合、年間の利益が800万円以下の場合、法人税率が約15%と低い税率が適用されます。
利益が少ない場合は、役員報酬を調整して、会社の利益を800万円以下に抑えるのが基本です。一方、利益が多い場合、会社の利益を無理にゼロにするより、あえて800万円までは会社に残し、法人税を15%払った方が、個人で所得税を払うよりも安くなるケースが多いです。
その3:控除の最大活用
所得税がかからない、あるいは極めて低い「給与所得控除」の範囲内で報酬を設定し、残りの利益は社宅や出張旅費といった非課税の福利厚生で還元するのも、一人社長ならではの高度なテクニックでしょう。
一人社長がやりがちな役員報酬のよくある失敗

役員報酬は、一度決めたら1年間は変更できないため、目先の節税や感情で決めてしまうと、後から取り返しのつかない事態になりかねません。
ここでは、一人社長が陥りがちな典型的な失敗例を5つ紹介します。
その1:住宅ローンを組めない
節税を意識して役員報酬を極端に低く設定すると、住宅ローンを組む際に、年収が低すぎて審査に通らないリスクがあります。
銀行は、会社の利益ではなく、故人の収入(役員報酬)で返済能力を判断します。法人化して数年以内に家を建てる予定がある場合は、将来の融資を見据えた報酬設定が必要でしょう。
その2:未払い計上でキャッシュフローがショートする
利益が出ていることを理由に役員報酬を高く設定しても、売掛金の回収が遅れて会社に現預金がない場合もあるかもしれません。そんなときに「自分の給料だから後回しでいいや」と、帳簿上だけ「未払い役員報酬」として処理するのは注意が必要です。
実際に役員報酬を支払わずにいても、計上した報酬に対して、源泉所得税や社会保険料の納付義務はあります。手元に現金がないのに納税だけが発生し、会社の運営にも影響を及ぼしかねません。
その3:決算間近の利益調整で税務調査の対象になる
決算が近づき、予想以上に利益が出そうだとわかったときに、「このままだと法人税が高くなるから、今月分だけは役員報酬を上乗せしよう」と考えるのは非常に危険です。
前述のとおり、役員報酬は「定期同額」が原則です。決算間近だけ増額すると税務調査で真っ先にチェックされ、経費(損金)として否認されます。結果として、多額の追徴課税を支払うことになり、節税どころか大きな損失を招きます。
その4:社会保険料のインパクトを過小評価している
個人事業主から法人化したばかりの社長が驚くのが、社会保険料の重さです。
役員報酬を月50万円に設定した場合、個人負担と会社負担を合わせると、年間で約180万円近い社会保険料が発生します。法人税が安くなっても、それ以上に社会保険料の支出が増えてしまい、トータルの手残りが個人事業主時代よりも減ってしまうこともあります。
その5:役員借入金が膨らみすぎてしまう
役員報酬を低く設定しすぎて生活費が足りなくなり、社長個人の貯金を会社に貸し付ける(会社に入れる)ことが常態化するケースがあります。これが「役員借入金」です。会社にとっては負債ですが、社長個人にとっては資産(貸付金)となります。
もし、社長に万が一のことがあった場合、この貸付金は相続税の課税対象になります。会社に現金がなくても「価値のある資産」と見なされ、残された家族が多額の相続税に苦しむという、皮肉な結果を招くことがあります。
まとめ

役員報酬は、一度決めると1年間は変更できない非常に厳格なルールの上に成り立っています。
単に税金を安くするだけでなく、法人税、消費税、社会保険料の3つのバランスを考えた設定が、手残りを最大化するカギとなります。「期首から3ヶ月以内」という決定期限を死守し、将来を見据えて金額を検討しましょう。
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